TBS「普通の人も偏りつつある」

■ニュースメディア

TBS

 

■ニュースタイトル

サンデーモーニング「普通の人も偏りつつある」

 

■ニュース掲載・報道日

2018年10月14日

 

■フェイク理由・ソースURL・その他

「普通の人も偏りつつある」と関口宏は断定していたが、偏っているのは放送法第4条を無視してフェイクニュースを垂れ流しているTBSの方だ。

 

■検証記事

--------------------  さくらの花びら 2018.10.14

TBSサンモニ

「市民がジャーナリズムに疑問を持ち始めている」

「少数者の側に寄り添って耳を傾けるのがメディアの役割」

関口宏

「ネットの関係で普通の人も偏り始めてきた」

TBS「サンデーモーニング」(10月14日)の「風をよむ」

青木理:「ジャーナリズムは権力をチェックするのが仕事である以上、煙たがられて当然なわけです。問題は市民がジャーナリズムに対する疑念を持ち始めている事は相当深刻だと思うんです。メディアやジャーナリズムは政権に都合の悪いことでも伝えていく。なぜ権力のチェックをするかというと民主主義国家は多数決で運営されるわけです。そうするとどうしても少数者とか弱者の声というのは漏れがちになってしまうんです。その少数者の側にできるだけ寄り添って耳を傾けて、これでいいんですかということをメディアがやらないと民主主義社会の欠陥が埋まらない。これが権力をチェックしなければならないという理由なんです。この機能が弱った国というのは市民にとって明らかに暮らしにくいんです。だからメディアとか言論の自由の大切さというものを、ジャーナリズムの大切さを市民の人達にも知ってもらいたい」

関口宏:「ネットの関係かね、何か普通の人も偏りつつあるちょっと不思議な時代になった」

(中略)

結局、青木某が言う「少数派」というのは、反日左翼が利用するのに都合のいい”少数”なのである。

また「言論の自由の大切さ」と言いながらも、杉田水脈議員の「LGBT」論文を「差別だ」と騒ぎ、自民党本部前で4000人のデモを行って圧力をかけ、結果、杉田議員の言論や表現の自由を封じ込め、「新潮45」も休刊までさせてしまった

このように日本を正す言論を潰し、安倍叩きや倒閣のために野党や活動家らと手を組んでやるジャーナリズムなど、まともな国民が理解を示すわけがない。

関口宏が「ネットの関係かね、何か普通の人も偏りつつあるちょっと不思議な時代になった」と言ったが、ネットによって自分達の世論誘導が通用せず、自分達の捏造報道がバラされ、そのことを知る人が増えてくると、そういう人達のことを「偏った人」と言う。

-----------------  引用終わり

ジャーナリズムに疑問を持つことメディアの報道を批判的に評価してその真偽を見抜くこと、これがメディアリテラシーです。

大手マスコミ・ジャーナリストに疑問を持つことは、メディアリテラシー教育の進んだ欧米民主主義国ではごく当たり前のことで、メディアに対する信頼度の日本の数分の一の低さです。

 

■参考記事

--------- Newsweek 2015.10.27

メディアへの信頼度が高いだけに世論誘導されやすい日本

新聞・雑誌やテレビといった主要メディアへの信頼度は、欧米諸国と比較して格段に高い

 

メディアを操作する側も人間だ。誤報や偏向報道で、誤った(または偏った)情報が流されることはしばしばある。マスメディアは重要な機能を果たしているが、それに無条件の信頼を寄せることはできない。

 

 日本の人々は、マスメディアにどれほどの信頼を寄せているのだろうか。他国と比較すると、どうなのか。国際比較で日本の特徴を見てみたい。2010~14年に各国の研究者が共同で実施した『世界価値観調査』では、「新聞・雑誌、テレビはどれほど信頼できるか」と尋ねている。<図1>は、日本とアメリカの成人の回答分布を帯グラフで示したものだ。

 主要メディアへの信頼率は、両国で大きく異なる。日本では7割が信頼できると答えているが、アメリカでは2割ほど。アメリカでは国民の実に8割近くが新聞・雑誌やテレビを信頼していないことになる。ここまでの差があるとは驚きだ。

 

 

 さらに多くの国々と比較して、世界の中での日本の位置付けを見てみよう。横軸に新聞・雑誌、縦軸にテレビへの信頼率を取った座標上に、調査対象の59か国を配置すると、<図2>のようになる(英仏は調査に回答せず)。

 右上には旧共産圏やイスラム圏の社会が位置している。報道に対する政府の干渉が強い国々にも関わらず、メディアに信頼を寄せる国民の比率が高い。日本も同じゾーンにあり、マスメディアに対する信頼度が高い部類に入る。欧米諸国と比べると、格段に高いことがわかる。

 

 メディア関係者にとっては名誉かもしれないが、一抹の不安は拭えない。マスメディアは無数の人々に情報を瞬時に伝えてくれるが、発信者がチョイスした情報が一方的に伝達されるので、思想統制の手段として使われる危険性もあるからだ。

 

 現代の日本では、情報の受け手は個々バラバラに分断された大衆だ。そのため、人々は何らかの「よすが」を求めることになる。マスメディアへの信頼度の高さはその表れとも言えるだろう。

 

 メディアが一方的に大量伝達する情報によって、大衆は思想や心理を簡単に操作される(歪められる)。内閣府の『少年非行に関する世論調査』(2015年7月)によると,国民の8割近くが「非行は増えていると思う」と答えているが、統計でわかる事実はその逆で、少年非行は減少している。少年犯罪を伝えるセンセーショナルな報道に影響されているのだろう。このように歪められた世論に押されて政策が決められるとしたら、甚だ恐ろしいことだ。

 

 自分の頭で考えるのは億劫だ、頼ることのできる情報が欲しい......。日本社会には、そのような思考が蔓延しているのかもしれない。メディアで大量伝達される情報を鵜呑みにせず、自分の頭で考える。情報化が進んだ現代社会では、そんなあたり前のことが極めて重要だ。学校の情報教育でも、「メディア・リテラシー」を重視する必要があるだろう。

 

<資料:『世界価値観調査』(2010~14年)

 

[筆者の舞田敏彦氏は武蔵野大学講師(教育学)。公式ブログは「データえっせい」、近著に『教育の使命と実態 データから見た教育社会学試論』(武蔵野大学出版会)。]