東京新聞「津川雅彦氏ーさん死去」で日本人拉致に触れず

■ニュースメディア

東京新聞

 

■ニュースタイトル

「津川雅彦氏ーさん死去」で日本人拉致に触れず

 

■ニュース掲載・報道日

2018年8月8日

 

■フェイク理由・ソースURL・その他

一言も北朝鮮による日本人拉致に触れないとは、さすが日頃から特定アジア(中国と南北朝鮮)に忖度している新聞だけのことはありますね。都内各所に貼られていた「津川雅彦氏の拉致問題の啓蒙ポスター」も、北の将軍様のご威光で目に入らなかったのでしょう。

■関連記事

-----------------  産経新聞 2018.8.8

【津川雅彦さん死去】

硬軟自在 男の色気 役柄幅広く

拉致問題解決にも強い関心

 

 4日に心不全のため、78歳で亡くなった俳優の津川雅彦さんは、男の色気と変幻自在の語り口調で二枚目から悪役まで幅広い役柄を演じた名優だった。

 その才能を伊丹十三監督に愛され、「マルサの女」や「あげまん」など多くの作品で味わい深い演技を見せた。晩年も変わらぬ活躍で「後妻業の女」では好色な老人、アニメ作品「バケモノの子」では声優としてバケモノ界の長老を演じるなど名脇役として存在感を放った。また、マキノ雅彦名義で「寝ずの番」「次郎長三国志」などを監督。テレビドラマでもNHK大河「独眼竜政宗」、「サラリーマン金太郎」などに出演し人気を得た。一方、「たかじんのそこまで言って委員会」などのテレビ番組で政治的発言を行うことも多く、注目を集めた。

 

 私生活では、昭和48年に女優の朝丘雪路さんと結婚。翌年、生後5カ月の長女が誘拐されるが無事保護される事件が起き、苦難に直面した。そのため、北朝鮮による拉致問題の解決に大きな関心を寄せ、政府の啓発ポスターなどに協力。「拉致問題は私たちすべての問題です」とメッセージを寄せていた。

 今年5月、朝丘さんの死去を受けて開かれた会見では、肺炎をわずらっているにもかかわらず、酸素吸入の姿で報道陣の前に姿を現し、朝丘さんに感謝の言葉を述べていた。

 -----------  引用終わり

■関連記事

------------- 産経新聞 2018.8.10

【阿比留瑠比の極言御免】

「拉致はわがこと」貫いた津川雅彦さん

 (前略)

 津川さんは平成24年9月の自民党総裁選に当たり、安倍首相の再登板を求める緊急声明をまとめた民間人有志の発起人の一人にも名を連ねていた。

 

首相の「雨天の友」

 

 「悲しいですね。寂しい思いです。(第1次政権で)首相を辞職した後、本当に津川さんには温かく励ましてもらい、背中を押し続けていただきました」

 安倍首相は8日、首相官邸で記者団にこう述べた。まさに逆境のときに支えてくれた「雨天の友」であり、同志だったのである。

 

 津川さんといえば、10年公開の映画『プライド 運命の瞬間』で、それまで単純に悪玉として描かれることの多かった東条英機元首相を演じたのが印象深い。日本を一方的に悪だと決めつけようとした極東国際軍事裁判(東京裁判)で、堂々と日本の主張を展開する東条は重厚感があり、かつ小気味がよかった。

 だが、世間の評価は割れた。この映画について津川さんは24年9月の「産経志塾」で振り返っている。

 「映画界では、『左翼にあらずんば人にあらず』といったことが傍若無人に語られてきた。僕は『プライド』の撮影中、ある映画監督に制作を妨害された。ある小説家は、自宅前でのロケを、『うるさい』といって追い払った」

 

 

「左翼嫌い」を公言

 

 気に入らない言論をすぐ封殺しようとしたり、揚げ足を取り集団リンチを加えようとしたりする昨今の左派メディアのやり方と通底している。こういう経緯もあってか、津川さんは「左翼嫌い」を公言していた。

 

 朝日新聞が26年8月、特集記事「慰安婦問題を考える」で、過去に18回も取り上げてきた朝鮮人女性を強制連行したとの吉田清治の証言を取り消したものの、当初謝罪はしなかった際には、夕刊フジへの寄稿で次のように皮肉っている。

 「謝罪しないのは、左翼らしくてよろしい! (中略)左翼嫌いの僕にとっては、その『卑怯(ひきょう)』『卑劣』なイメージをキープして、訂正記事を出したことを無駄にしてほしい」

 

 昭和49年には、当時生後5カ月だった長女が誘拐(41時間後に救出)されるという悪夢のような経験もし、拉致問題にも関心が高かった。平成25年、政府の拉致問題啓発ポスター「拉致。必ず取り戻す!」に協力したときの記者会見では、こう語っていた。

 「拉致問題をわがことのように思える人間だと思って参加した。日本人みんなが拉致問題を一日も早く解決するという思いを、被害者の親御さんと同じように持ってほしい」

 

 ポスターに書かれた津川さんの署名入りの「親の愛は、世界を動かす。拉致問題は、私達すべての問題です」との言葉が胸に響く。拉致問題の関連集会などにも積極的に参加していた。

 

 

 津川さんの死に顔は安らかだったと聞くが、どれほど拉致問題の解決をその目で見たかったことだろうか。北朝鮮情勢が揺れ動く今だからこそ、残念でならない。(論説委員兼政治部編集委員)

 

(※ 画像は 津田雅彦長女誘拐事件とは 2014.8.28 より)